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名古屋高等裁判所 昭和52年(行コ)12号 判決

名古屋市中村区亀島一丁目九番九号

控訴人

鈴木純二

右訴訟代理人弁護士

蜂須賀憲男

今井重男

稲垣清

右蜂須賀憲男訴訟復代理人弁護士

安藤貞行

名古屋市中村区牧野町六丁目三番地

被控訴人

名古屋中村税務署長

西川幸男

右指定代理人

前蔵正七

市川朋生

川村俊一

大西昇一郎

西村重隆

柳原国良

右当事者間の所得税更正処分等取消請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人が昭和四八年一二月一一日付で控訴人の被相続人鈴木正次郎の昭和四七年分所得税についてした更正及び過少申告加算税賦課決定の各処分のうち総所得金額六七万三、八二八円、還付金の額に相当する税額二万七、一〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定の全部を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用および書証の認否は左記のほか原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

一  双方代理人の追加陳述

(控訴代理人)

原判決が、訴外鈴木郁郎の、本件不動産を訴外共生印刷株式会社へ売却した行為を無権代理行為と認定した点は、正当であるけれども、亡鈴木正次郎が右無権代理行為を追認したと認定判断したのは不当である。

けだし、原判決が右総合認定の基礎とした諸事実の認定について、次のとおりの採証方法の誤りもしくは事実誤認があり、これらの点を考えるならば、亡正次郎が右売却行為を追認することなど有りえないことだからである。

のみならず、原判決の判示からは亡正次郎が、いつ、誰に対し、どのように追認の意思を表示したのかが明らかでない。

1  亡正次郎が、本件不動産の無断売却の事実を知つたのは昭和四八年七月二二日頃である。昭和四七年中に訴外鈴木郁郎がこの事実を正次郎に打明けた事実などあるはずがない。

2  昭和四八年五月二〇日、訴外鈴木みさおが亡正次郎の電話呼出で正次郎方を訪れたこと、その際正次郎は鈴木みさおに対し、右無断売却を追認するかのような話をした旨の同女の証言は、正次郎がその頃は一人で電話をかけられるような心身の状態でなかつたことや、右五月二〇日の時点で同女が本件工場敷地全部が無断売却されたことを知つているはずがないのにこれを前提とするものである点で、偽証といわざるを得ない。

3  録音テープ中の亡正次郎の「買戻せやなにももともとやでつちつて」云々、なる言葉を、正次郎が郁郎に対し「買戻せばいい」と答えたとの趣旨に解した原審の認定は、この言葉が発せられた、稲垣弁護士と正次郎間の問答の経過に照らして誤つていることが明らかである。

4  名古屋市へ遊園地予定地として売却した土地について、亡正次郎が、名古屋市の該地上物件の移転工事を容認したことはない。「移転補償金」については、郁郎らに領得費消されてしまうおそれがあつたことや、正次郎の入院費用等出費がかさんだことに法の無知も加わつてやむを得ず受領したものであつて、これをもつて追認の理由とするのは正次郎の意思に反し不当である。

5  本件不動産が遺贈の対象不動産とされていないのは、遺贈の公正証書作成の折、公証人からかかる不動産を遺贈の対象とすることはできない旨言われたため、これに従つたにすぎず、亡正次郎が右不動産の無断売却を容認していたがためではない。

6  国税通則法一〇七条三項による代理権を証する書面の提出がないのは、異議申立を受付けた係官が、戸籍抄本の提出を求めただけで、それ以上の説明をしなかつたための結果にすぎず、右異議申立は、正次郎の意思に基づくものであり、係官の説明があればいつでも代理権を証する書面の提出は可能であつたのである。

7  亡正次郎の訴訟提起の意思についての原審の認定は独断である。正次郎は、控訴人の反対がなければあくまで訴訟を提起して、税金問題、不動産の無断売却問題を解決したいとの意思であつた。正次郎は、当時病床にあつて、自らこれを行うことができない状態であつたため、具体的訴訟手続等については控訴人にこれを委ねたものである。

(被控訴代理人)

原判決に控訴人指摘のような採証方法の誤りもしくは事実誤認はなく、原審の認定判断は正当である。

控訴人は、控訴人本人の供述が総て真実であるとの前提に立つて、鈴木みさおの証言、乙第一一号証等を虚偽であるかのように強弁するが、同女は第三者的立場から正しい証言をしており、亡正次郎からも信頼されていたもので、その証言は十分信用するに足りるものである。原審認定に対する控訴人の非難こそ独断的というべきである。

また本件無権代理行為に対する追認は、黙示の追認であり、その相手方は郁郎で、その時期は、昭和四七年二月から同四八年一月までの間であることは明らかである。

二  証拠関係

(控訴代理人)

甲第二三ないし第二八号証を提出。

当審における証人鈴木みさおの証言、当審における控訴本人尋問の結果を援用。

乙第一ないし第三号証の原本の存在はいずれも不知、乙第一一号証の成立は不知、第一二号証の成立は認める。

(被控訴代理人)

乙第一一、第一二号証を提出。

甲第二三号証、第二四号証の各成立は不知、第二五ないし第二八号証の各成立は認める。

理由

一  当裁判所も、控訴人の本訴請求は失当としてこれを棄却すべきものと判断する。その理由は、左記のとおり附加、訂正するほか、原判決理由説示と同一であるからここにこれを引用する。

原判決八枚目裏末行目「写としての成立」とあるのを「原本の存在並びに成立」と、同一二枚目裏末行目「成立」とあるのを「原本の存在並びに成立」と、同一三枚目裏五行目「譲渡金額」とあるのを「譲渡所得金額」とそれぞれ改める。

控訴人は、原審の採証方法の誤りもしくは事実の誤認をるる指摘し、これを非難するけれども、原審並びに当審証人鈴木みさおの証言は、原判決が援用する各証拠(原判決九枚目表八行目から一一行目。但し、証人鈴木みさおの証言を除く)並びに当審証人鈴木みさおの証言により成立の認められる乙第一一号証、成立に争いがない甲第二五ないし第二八号証、乙第一二号証に照らしても十分これを措信することができ、控訴人の主張に副う原審並びに当審における控訴本人尋問の結果は、右各証拠に対比して措信しえないのみならず、右各証拠によれば、原判決認定の事実に加えて次の事実が認められ、これらの事実を総合すると、亡正次郎は、遅くとも昭和四八年五月二〇日までには、郁郎による本件土地の無断売却の事実を知りながら、郁郎に対し、右無権代理行為を黙示的に追認したと認めるのが相当であるから、控訴人の右主張は到底採用しえない。

すなわち、控訴人は亡正次郎の長男であつたが、家業であるメリヤス業を継ぐことなく、大学を卒業すると他の職に就き、昭和三五年頃には横浜へ転居していること、郁郎は次男であるが、昭和三〇年頃高校を卒業すると同時に、母親、次女尚子らと共に正次郎の仕事を手伝い始め、昭和四〇年頃には正次郎から大切な金庫の開閉の方法も教えられ、仕入販売方面の仕事を任されるようになつていたこと、正次郎は郁郎を自己の後継者と目し、これを育てようとしていたが、昭和四三年頃には正次郎自身の年令的制約も加わり事実上事業廃止のやむなきに至つたこと、その後郁郎は、右事業の残務整理をした程度で定職に就くことがなかつたため、正次郎は同人の将来を心配していたこと、また正次郎は、妻を失つてからは実妹の鈴木みさおを信頼し、同女に家庭内の問題を打明け相談したりしていたこと、同女も正次郎の気持を酌み、控訴人一家が、郁郎らによる本件不動産の無断売却等の事実を知つて正次郎宅へ引上げて来ることになつたのを契機に生じた後記控訴人、郁郎、今井好、鈴木尚子ら兄弟間の紛争を円満解決すべく行動していたものの、そのことにつき直接の利害関係があるわけではなく、もとより右兄弟のうち特定の者と特別の利害関係を有していたものでもないこと、郁郎らによる本件不動産等の無断売却行為の処置については、郁郎、好、尚子らと控訴人とは鋭く意見が対立し、本来正次郎と郁郎との争いであるべきものが控訴人とその余の兄弟間の争いの様相を呈していること、正次郎は、前記鈴木みさおに対してはもちろん、正次郎の意志を確認すべく病床に赴いた稲垣弁護士に対しても、「自分の子供だから悪いことをしたから後はどうなつても良いというわけにはいかない。兄弟がもつれてしまつておかしなことにならないよう。これが表沙汰にならないよう。」取計らつて欲しい旨強く希望していることがそれぞれ認められ、前記控訴本人の供述のほか右認定を動かすに足りる証拠はない。

二  よつて、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であるから本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法八九条、九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柏木賢吉 裁判官 加藤義則 裁判官 福田晧一)

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